子紛
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iv  はしがきい。 ところが,今回我が国も加盟したハーグ条約実施法に基づく子返還非訟手続は,その審理構造をみれば,実質的な権利関係は考慮せずに,とにもかくにも子を現監護者から引き離してでも元の国へ返してしまえ,という形式的判断に舞い戻ってしまっている。共同親権等に服する子について国境を越える連れ去り等があった場合には,とりあえず,子を元の常居所地国に戻すことを原則とするもので,ずいぶん乱暴な子返還の非訟手続構造である。あたかも,物の占有が奪われた場合に,所有権など実体的権利の存否等の判断は禁止し,専ら奪われた占有を取り戻すという占有回復訴訟さながらに,国境を越えた子の奪い合い紛争の解決手続として,子の監護権等の実体的判断を禁止して,形式的に子を元の常居所地国に返還させる。これでは,当面の監護権者の利益にはなるが,子の利益に反する結果となることがしばしば起こらざるを得ない。だとしたら,ハーグ条約実施法の運用には,「子の利益」を実質的に確保するため,相当に慎重な配慮が求められるというべきであろう。幸い,実施法1条は,「子の利益」に資することを目的とすると明確に規定しているので,実施法を含めた我が国の全法体系から見て真に「子の利益」に適う運用が求められていることになる。 そこで本書は,以下のような内容で構成されることになる。第1章 子引渡請求の3手続の概要 第2章で紹介する裁判例が採用した戦前からの子引渡請求の手続である①民事訴訟手続,②人身保護請求,③家事審判手続について,その裁判例を理解しやすくするために,その手続と実務の概要を解説する。読者はまずこれらの概略を理解した上で第2章の裁判例を読むと,全体の理解がより一層深まることになると思われる。第2章 子引渡裁判例の全容 明治時代の裁判例から今日までの公開裁判例179件を,網羅的に年代順に取り上げた。特に重要なものは判決理由の大半を紹介したが,ページ数との関係で判決や審判の要旨だけにとどめたものもある。年代順に取り上げたの

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