3せん。また、不登校気味のC君から「明日から学校に来たくない」という連絡を受けた同日に、Dさんの勉強に必要な教材を明日までに作ってほしいと頼まれた場合、どちらを優先すればよいでしょうか。どちらも自分しかできない業務ならば、どちらを優先すべきかを判断するのは容易ではありません。 学級担任の仕事は法律のような定型的なルールがあるわけでもなく、仕事自体が教師の個性を強く反映します。担任クラスの生徒にとって学級担任が一人であることは、代替性のない個性的な業務であることを示しています(この意味で、「複数担任制」は学級担任の仕事の負担とプレッシャーを明らかに軽減できる制度であることは間違いありません)。序章 本書を読まれる方へ(2)弁護士の人権感覚で生徒を叱ることができる? 弁護士が教師をして感じたことは、弁護士が当然のように持っている人権感覚だけで生徒を指導することは不可能に近いということです。教師には生徒を懲戒する権限がありますが、弁護士の多くは教師が生徒を懲戒することを好みません。なぜなら、子どもの人権の観点からすれば、懲戒は多かれ少なかれ、子どもの自由な意思を抑圧する人権侵害的な要素があるからです。 筆者も正当な指示に従うことができない生徒を懲戒することがありますが、弁護士としての人権感覚からは常に違和感を持ちながら生徒を叱っています。しかし、本当に生徒のためを思うなら、正当な指示には従うことを教え、生徒が社会で生きていく際に困らないようにすることです。例えば、授業中に私語を繰り返す生徒が、教師から注意を受けて、今度は教師を挑発してきたとします。ここで教師が体罰をふるうことは絶対に禁止であり、ほぼ全ての弁護士も体罰以外の方法で指導するよう助言します。しかし、もしそのように助言する弁護士が教師になったとしたら、どのような手法をもって生徒を反省させる自信があるのでしょうか。筆者自身、教師になって実感したことは、教師として生徒指導の
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