8 序 章 民事手続法における裁判費用〔16〕とがある。それは,訴額を算定すべき基準が後述のように法律上明確に定められていない場合である。 手数料の問題は,法治国家において,市民が憲法上保障されている裁判を受ける権利の行使と密接に関係する。憲法は裁判を受ける権利を保障しているが(憲32条),これは国家に対する市民の権利保護請求権を憲法が承認したものと解することができる。9)憲法上の権利保護請求権を承認しない見解も,国家の権利保護義務を承認するのであるから,10)不適正な手数料の支払いが要求されることによって,この市民の権利保護請求権を害しまたは国家の権利保護義務が履行されない事態が生じてはならないことは明らかである。すなわち,手続対象の経済的価値と均衡のとれない手数料負担を権利主張者に求めることは,この権利保護請求権または国家の権利保護義務と相容れないであろう。 立法論的には,国家の権利保護任務を基礎にした,手数料の低額化・定額化が早急に検討され,実施されるべきである。11)⑵ 訴額算定基準の重要性 後述のように,裁判所の事物管轄や訴えおよび上訴の提起のさいの裁判所手数料を決める基準としても,訴額が種々の役割を果たしている。そこで,訴額とは何で,具体的な訴訟等においていかなる基準によって算定さ9)松本・立法史と解釈学192頁以下,536頁以下参照。10)兼子一・実体法と訴訟法(1957年・有斐閣)109頁以下は,一方において「権利保護請求権は法治国家における法による裁判の保障を強調し,国民の信頼を深める実践的な意義に外ならないというべきである」と述べるが,他方で「裁判官が法規を忠実に適用すべきことは,その一般的職責であって,個々の訴訟事件の当事者に対して義務づけられ,したがって当事者がこれを請求する権利があることに基くものでない」という。これは法治国家における裁判を受ける権利の意味を理解しない見解である。松本・立法史と解釈学193頁以下,535頁以下参照。11)平成8年の現行民訴法制定のさいの法案作成の開始段階においては,訴額算定は裁判所の裁量により行うことを法文上明確にすること,知的財産権に基づく差止請求等の訴訟,賃料増減額訴訟,債務不存在確認訴訟等の訴額算定につき準則を定めることが検討事項としてとりあげられ,また手数料の低額化・定額化も検討されていたようである(法務省民事局参事官室・民事訴訟手続に関する検討事項(1991年)第一 裁判所 一 管轄 ㈢ 訴訟物の価額の算定; 法務省民事局参事官室・民事訴訟手続に関する検討事項補足説明5頁以下)。しかし,訴額算定についての裁判所の裁量を明文化することについては,各界に対する意見照会において賛成意見が多数あった反面,反対意見も相当数あったため明文化は見送られた。訴え提起の手数料の低額化は1992年の民訴費用法の改正により訴額1000万円を超える訴訟の手数料の引下げが図られたこともあり,訴え提起の手数料の全面的な低額化・定額化も見送られた。塩崎勤編・注解民事訴訟法⑴(2002年・青林書院)134頁以下[小田敬美]参照。なお,服部敬「訴額の算定」滝井╱田原╱清水編・論点18頁以下も参照。
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