裁算
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はしがき 1 ⑴ 訴訟における訴額(訴訟物の価額)は,民事訴訟においては,簡易裁判所と地方裁判所との間の管轄を配分する基準として,また,当事者が裁判所(第一審裁判所および上訴裁判所)に支払うべき手数料額を決める基準として,さらに少額訴訟制度の利用を許す基準として機能する。また,民事訴訟法と民事訴訟費用等に関する法律による訴額の規律は,人事訴訟や行政訴訟にも適用される。訴額のうち,とくに裁判所の手数料訴額は当事者が国家に納付すべき金銭に関するものであるので,訴額をどのように算定すべきか,その基準が法律に明記されていることが必要であろう。しかし,日本では大正15年の民事訴訟法の改正以来今日まで,ある程度具体性のある訴額算定基準を定める法律規定は存在せず,裁判実務の必要に対応するために最高裁判所の民事局長通知(いわゆる「訴額通知」)が訴状や上訴状の受付事務の円滑および各裁判所による取扱いの違いを防ぐという名目で発せられ,法律でも裁判所規則でもないこの事務通知が裁判実務を事実上支配しているといっても過言ではあるまい。しかも,この訴額通知にすら定めのない事項が多いうえ,それは社会の複雑化と争訟の多様化に伴い著しく増加しているのであるが,実務では訴額通知の定めを,その定めのない他の事項に類推することが行われ,この見地から最高裁判所によって実施された裁判官会同における実務関係者による訴額についての議論や裁判所書記官等による著作が刊行されてきた。手数料を支払うのは訴訟当事者であるが,訴額算定基準は若干の例外を除き国会においても殆ど取り上げられなかった。しかも,一部を除き,このような事態が異常とも感じられてこなかった。また,賃貸借事件,労働事件,環境訴訟など事件の社会的性質によっては,当事者(原告のみならず,敗訴の場合に訴訟費用の償還義務を負う被告)の負担を考慮して,訴額を減額することも必要であり,これは喫緊の課題である。 民事訴訟法は,金銭の支払請求訴訟を除き,訴額の算定について,具体的な事件の審理を担当する裁判官が個別的に訴額を算定するという原則を採用している。訴額の算定が困難な事件について,裁判所に訴額の算定を申し立てることができ,その算定に不服がある場合には不服申立てができはしがき

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