講家上
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13⑴ 外国裁判の承認⑵ 平成20年決定の少数意見の議論第2 従来の議論の整理──判例法理の意義,学説の批判,新たな胎動  まず,やや遠いところではあるが,外国裁判の承認との関係で,判例上も訴訟・非訟2分論は必ずしも貫かれていない点に気づく。例えば,最判平成10年4月28日(民集52巻3号853頁)は,「民事執行法24条所定の『外国裁判所の判決』とは,外国の裁判所が,その裁判の名称,手続,形式のいかんを問わず,私法上の法律関係について当事者双方の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものであり,決定,命令等と称されるものであっても,右の性質を有するものは,同条にいう『外国裁判所の判決』に当たる」とする。同旨の判断として,最決平成19年3月23日(民集61巻2号619頁)は,前記一般論を継承し,具体的には,「ネバダ州裁判所による相手方らを法律上の実父母と確認する旨の本件裁判は,親子関係の確定を内容とし,我が国の裁判類型としては,人事訴訟の判決又は家事審判法23条の審判に類似するものであり,外国裁判所の確定判決に該当する」とする。結局,この問題については,当事者対立型の事件は,(日本的にいえば)非訟事件であっても,訴訟手続と基本的に同様の手続保障が付与されなければ,手続的公序(民訴118条3号)に反して,日本においては裁判の効力が認められないという理解がされていることになる。 そして,このような帰結は,必然的に,国内の非訟手続に対する反省をももたらすことになる。けだし,外国の裁判であれば,手続保障が十分でないものは手続的公序違反として日本での効力を認められないのに,日本の裁判には何ら憲法上の制約が及ばず,全てが立法政策に放置されてよいのか,という疑義を生じるからである。例えば,同じ種類の裁判で,相手方に知らせずに相手方の権利内容を形成する場合,外国で行われれば手続的公序に反するとして日本では効力を認められないのに,日本の裁判所が行う場合には,憲法違反にならず効力が認められるという結論は,合理的に説明し難いように思われる。その意味で,訴訟・非訟2分論は,立法裁量を超えた公序的限界は内国の非訟手続にもあるのではないかという内在的批判にさらされることになる。 そのような反省が直截に現れたものとして,平成20年決定が指摘できる。

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