第3 訴訟・非訟2分論 15は同一とは限らない。それゆえ,昭和35年最高裁決定及び昭和40年最高裁決定を根拠にして,本件が『裁判を受ける権利』と無関係と切捨てる考え方には賛同できない」とされる。そして,「昭和35年最高裁決定は,(中略)憲法32条の適用範囲を『純然たる訴訟事件』に限定するかのごとく判示した点については学説を中心にして強い批判があることも周知のとおりである。『純然たる訴訟事件』以外にも乙類審判事件を中心にして憲法32条の審問請求権ないし手続保障の対象となるべき類型のものが存在することは否定しがたく,この点に関するかぎり,昭和35年最高裁決定はいずれ当審において変更されるべきものであると考える」と論じる。これは,訴訟・非訟2分論,憲法82条と32条の対象の同一性,憲法32条の手続内容への不介入という判例準則の全てを否定する方向の意見と言え,憲法32条との関係では,判例法理の転換を正面から要求するものである。28) 以上のような訴訟と非訟に関する判例法理及び学説の展開を前提に,以下では,近時の立法の動向などをも踏まえて,若干の論点について検討していきたい。 まず,判例法理の大前提となっている,いわゆる「訴訟・非訟2分論」の実質的意義について確認し,筆者なりにこの問題の総括的な検討を試みたい。憲法とは,言うまでもなく立法者の手足を縛る機能を有するものである。ただ,筆者は,訴訟と非訟の問題について見れば,判例法理は,現実には必ずしもそのような役割を果たしていないのではないかという仮説を有している。以下では,筆者の関与した近時の実例も踏まえながら,それを検証していくこととする。第3 訴訟・非訟2分論──立法者のフリーハンドの容認と評価 28)新堂・前掲注15)33頁注1は,この那須裁判官の反対意見について,「遠慮がちながら(憲法違反と明言しないまでも),先例の射程距離を的確に制限して,筆者のいう『個別的アプローチ』のための手掛かりを着実に打ち込んだこと,かつ救済方法をも明言しているところは,この種の問題に対する判例の将来に影響するところ大と高く評価したい」として,極めて高い評価を与えられる。──立法者のフリーハンドの容認と評価
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