1 立法者のフリーハンドの現実 最近の立法からこの点を見てみると,まずハーグ条約実施法の子の返還手続の規律が興味深い。これは,最終的に非訟事件として扱うこととされたものであり(同法91条参照),判例準則を前提にすれば,子の返還請求権という実体的権利は存在せず,具体的事件の裁判において請求権が形成される旨の理解をとったものとみられる。しかし,立法過程において,これが必然的なものであったかというと,疑問もある。同法27条(子の返還事由)や28条(子の返還拒否事由)といった,請求原因・抗弁といった構成に近接した要件に基づき,これを実体上の請求権として観念することも十分にあり得たと思われるからである。しかし,その場合には,憲法上,訴訟事件として構成する必要があることになり,必要的口頭弁論の手続とならざるを得ない。しかるに,この類型の事件については,プライバシーの要請等から公開審理は適合的ではなく,また子の福祉のためには特に迅速な審理の要請があるところ,訴訟事件とすることはそのようなニーズの障害になるという実質的考慮がむしろ大きかったのではないかと思われる。すなわち,この例は,立法者は,実質的な非訟化の要請に鑑み,(その気になれば)自由に法律構成を選択し,そのニーズに応えることができる(少なくとも広範な裁量権を有する)ことを示唆しているともいえよう。 次に,家事事件手続法の制定過程における相続人廃除事件の扱いも示唆に富む。判例は従来,この事件類型について非訟事件とすることの合憲性を認めていたが,かねて学説の批判が強かった(第2の1⑴参照)。今回の立案過程でも,このような事件について訴訟手続によるべき旨の極めて有力な主張がされていた。すなわち,竹下教授は,「民法892条を虚心坦懐に読めば,同条の定める具体的要件(中略)があれば,被相続人が推定相続人を実体法上の権利として廃除することができるとの趣旨と解されるのではあるまいか」とし,「実質的に考えても,推定相続人の廃除は,被相続人の側からいえば,法定の要件の下での自己の財産の処分の自由の問題であり,推定相続人の側からいえば,期待権とはいっても条件付の財産取得権の喪失の問題である。民法892条が,このように内容が具体的に確定し市民法上確立した被相続人の財産処分の自由を,裁判所の裁量によって制限することを許容したのだと第1章 訴訟と非訟16
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