124 第5章 設 例せなかった。なお,妻の両親は妻がまだ幼いうちに離婚しており,妻は母親に育てられ,父親とは元々交流がなかったのであるが,その母親が孫を見に来ることにも夫はいい顔をしなかった。妻は母親とも徐々に疎遠になってしまった。このため,妻は夫の暴力について相談できる相手もなく,別居したくても逃げる場所もなく,自分さえ我慢すればと考えて夫の暴力に耐え続けた。ただ一度,首を絞められて命の危険を感じた際,夫が眠っている間に長男を連れて自宅を抜け出し,近くのホテルに滞在したことがあった。しかし避難していた数日間,夫からの電話とメールで携帯電話が鳴りっぱなしとなり,「このままお前たちが帰ってこないなら自殺する」と言われ,怖くなり戻ってしまった。このときも,その後しばらく夫は非常に大人しくなっていたが,1か月経つか経たないかで元のとおり暴力が再発した。しかもこの一度目の別居の後は「お前らが出て行った時の俺の気持ちが分かるか」「お前が俺をこうさせているんだ」と叫びながら,長男の目の前でも憚らず妻に暴力を振るうようになった。それからは,「裏切者」「恩知らず」「殺人者」といった暴言が暴力に付き物となった。そして,一度目の別居後は生活費についても変更が加えられ,それまでは夫から妻に現金で月10万円を渡されていたものが,その後は現金ではなくクレジットの家族会員カードを渡され,基本的に買い物はカードで行い,現金がどうしても必要な場合は言うように,との取り決めに変えられた。そして夫は妻のカード使用履歴をチェックするのであった。また,妻が友人と食事に行くようなときに現金も持ちたいと夫に頼んでも,夫には許してもらえず,妻は友人との交際もままならなくなった。そのような中でも,夫は優しいときもあり,家族で仲睦まじく出かける楽しいひとときもあった。妻は「もともとの彼は優しくて皆にも人気があった」「私が彼を知らず知らずのうちに追い詰めているのかもしれない」等と考え,穏やかなひと時を大切にし,関係改善のためにいっそう努力した。
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