130 第5章 設 例陥っていることもあります。先に述べたような自責の念は,トラウマへのストレス反応としても生じます。例えば災害や事故など,誰のせいでもない悲劇について,生存者や関係者が「自分だけ助かってしまった」「自分のせいだ」と感じることと同じです。DVの被害者は,繰り返し,暴力の恐怖とともに「お前が悪い」と言われ続けることにより,本当に自分が悪いと思い込んでしまいます。加害者から完全に離れた後,多くの場合は別居後よりも離婚成立後にPTSDのような症状に気づくこともあります。トラウマとなっている過去の暴力の事実については,記憶が飛んでしまう,感情が麻痺する,思い出すと動悸・冷や汗・頭痛などが起きてしまうため他者に伝えられない,といった症状が出ることがあります。また,離婚条件の交渉においても,相手方に面と向かって抵抗することができないため,さらに後ろめたさや自責の念から自身の権利主張を控えてしまうため,親権を譲ってしまう方,離婚給付をかなり切り下げた条件で応じてしまう方,過剰な面会交流に無理をして応じてしまう方などがいます。もし被害者の方がうつやストレス反応を呈しているようであれば,離婚とそれに関わる条件といった重大な物事を決められないことや,裁判のためにDVの事実関係を具体的に思い出して表現するのが難しいこと,裁判手続自体が過度の負担となることなどがあるかもしれません。援助者としては,本人が裁判手続や重大な決断をできない又は困難な状態のままで無理に手続を進めないこと,本人がDVの事実を具体的に思い出せないときに「これではDVがあったとは認められない」などと即断しないこと等に留意します。3DV家庭で育つ子どもたちへの影響DV家庭で育つ子どもたちは,加害者から直接暴力を受けていることもあれば,そうでなくても両親間の暴力を見聞きしています。親の方はDVの事実を子どもには知られていないと思っていても,子どもは分かっているものです。また,被害者の親がうつ症状を呈しているような場合には満足な愛情・養育を受けられていないこともあります。
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