はしがき i本書は,解決困難な家事事件の背景には,当事者の「心の問題」があるのではないかという視点をもったうえで,紛争の原因について考察し,解決や対策について検討を試みた書籍です。我々弁護士が,離婚・親子関係・男女関係・相続に関する紛争解決に関わる際,多くの事例では,当事者に当初は何らかの心の葛藤はあるものの,時間の経過や法的手続の進行に伴い,だんだんと気持ちが整理されていき,最終的には円満な解決に至れるものがほとんどです。しかし,中には,DVやモラハラ,紛争が長期化・先鋭化する親権・監護権争いや面会交流,児童虐待,ストーカー被害,相続人間の感情的な対立が激しい遺産分割など,一筋縄ではいかない解決困難な案件に直面することもあります。そして,これらの難航する案件では,当事者のパーソナリティの偏りや発達の問題(自閉症スペクトラムなど)が,紛争の背景にあると思われる場合があります。また,当事者が依存症やうつ病などの精神疾患に苦しんでおり,それが早期円満な紛争解決を妨げている場合もあります。さらには,紛争解決にあたる援助者が,当事者の「心の問題」に気づかず,知らず知らずのうちに紛争に巻き込まれていき,援助者自身がメンタルヘルスの問題を抱えることや,最悪のケースでは当事者や援助者の傷害・殺害にまで至るケースもあります。もちろん,当事者の「心の問題」に踏み込まず,淡々と法的な対策を講じていくことも可能ですし,法律の専門家であっても精神医療の専門家ではない弁護士が,当事者の「心の問題」に踏み込んでいくべきではないという考え方もあるでしょう。しかし,当事者の「心の問題」に目を向けることで,紛争の無用な長期化・複雑化を避けられたり,援助者が紛争に巻き込まれなくなったりすることができるケースもあるはずです。今まで,当事者の「心の問題」から紛争の原因を考察し,その対策について論じた文献は,あまり多くなかったように思います(この点,「ケース研はしがき
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