難しい依頼者と出会った法律家へ
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(2) やさしい事件を難しくする依頼者 通常の意味で弁護士にとって難しい事件とは,権利主張をしたいが法律構成が難しいとか,主張を裏付ける証拠の収集が事実上難しいとか,訴額が莫大なので何かと気を遣うなどが思い浮かぶでしょう。それらは受任事件の難しさが,事件の客観的な性質自体に内在している場合です。 こういった事件は,確かに難しいと言えます。これらの事件を受任した弁護士は,頭脳も労力も使わなければいけません。しかし弁護士として当事者の権利擁護の必要性を感じ,そのために一肌脱ぎたいという思いを抱くならば,かえって張り切って難しさに挑んでいく弁護士も多いのではないでしょうか。 しかし「難しい依頼者」の事件の難しさには,このような事件の客観的側面の難しさがあるわけではありません。ごくシンプルな貸金請求事件,境界確定事件,離婚事件などで,通常であれば訴訟外の交渉とか,調停で解決したり,訴訟になっても和解が成立するとか,仮に判決が出て執行となっても手続を粛々と進めていけば先が見えるような事件に過ぎないのです。それにもかかわらず,「難しい依頼者」の存在によって,これらの通常の事件が困難事件へと変貌します。 難しい依頼者は,相手方への激しい感情をコントロールできず,自分の立場に固執して全体を見通すことができず,弁護士に対する信頼感をもって判断を委ねることができないなど,感情,思考,対人関係の持ち方において問題を抱えている依頼者です。 そのような難しい依頼者の事件は,調停や和解などによる早期解決ができず,徒らに訴訟になるなどして長期化します。そのために,本来ならわずかな弁護士費用で早期に解決できるはずが,長引くことで弁護士費用もかさんでいくのです。弁護士から幾度となく「そこまで紛争を長引かせても,費用倒れになりますよ。少し妥協して早めに解決することが,あなたにとって得ですよ」などという説得をしても,難しい依頼者は聞く耳を持ちません。 紛争が長期化していく過程で,当事者同士の感情的対立はエスカレートし,周囲の人々を疲弊させてしまいます。そのような長く苦しい戦いが終4第Ⅰ部 難しい依頼者をどう理解するか

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