(3) 弁護士が抱く感情の難しさ 難しい依頼者の事件が弁護士にとって大変なのは,上記のように事件遂行が難航して長期化するという客観的な側面だけではありません。むしろ弁護士がそれを難儀なものと感じるのは,難しい依頼者によって弁護士自身が様々な感情をかき立てられるからです。 難しい依頼者との関係の中で,弁護士は,不安,恐れ,怒り,劣等感,恥ずかしさといったネガティブな感情をかき立てられることもあれば,依頼者への強い同情心,助けてあげたいという欲求,性的に魅了される気持ちを抑えられないなどの,一見するとポジティブな感情が湧きあがることもあります。いつもの自分とは違った感覚が生じ,弁護士としての自信や自尊心が揺らぐのです。 多くの弁護士は,いわゆる高度な専門職として,優れた知識と判断力を依頼者に示すべきだと感じています。一般的にイメージされるのは,冷静な頭脳と温かい雰囲気を持つ人物像であり,柔和な笑みを浮かべているが,眼光はシャープ,といったところでしょうか。 そのような弁護士像を維持するのは,普通の依頼者との関係でも決してたやすいことではありません。新たに事件の相談を持ちかけられたとき,「税法がらみの相談だな……税法はよく知らないな……事件をやったこともないし。とりあえず分かるところだけ答えて,あとで知り合いの税理士に確認してから回答するということにするか……私の経験不足だとばれないようにしなくては……」などと心の中で呟きながら,見た目だけは冷静わっても,果たしてその価値があるほど高い見返りが得られるわけでもなく,虚しさが残るだけなのです。 たとえば離婚事件で,夫婦間で離婚や親権には合意ができているものの,監護親が面会交流をかたくなに拒んでいるために,他方の親も養育費で妥協を拒み,本来なら調停で終わるものが訴訟までいってしまうような場合があります。離婚や親権が明確に決まらないために,子どもにとって居所や経済面で不安定な状態が続き,夫婦にとっても,離婚して新しい人生をやり直す時間を何年間も無駄にしたに過ぎないかもしれません。5第1章 難しい依頼者とパーソナリティ障害
元のページ ../index.html#27