難しい依頼者と出会った法律家へ
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葉である「パーソナリティ障害」と称されるようになったという経緯もあります。 このようにパーソナリティ障害という概念が,その歴史的な経緯においてスティグマとなりやすい傾向があったことは否めません。とすれば本書で筆者が,「『難しい依頼者』をパーソナリティ障害の理論を用いて理解することは役に立つ」と論じることによって,読者が難しい依頼者にパーソナリティ障害というスティグマを付与する危険性があるのではないかが,非常に危惧されるところです。 ここで改めて述べたいことは,本書は難しい依頼者を法的保護に値しないとして受任を避ける根拠とするために,あるいは難しい依頼者に窮している弁護士が,良い関係を築けなかったことの弁解を用意するために,パーソナリティ障害の理論を用いようとしているのではありません。 本書は,「難しい依頼者」を弁護士が積極的に引き受け,適切に対応することによって,「難しい依頼者」の権利を守っていくことを目的として,パーソナリティ障害の理論を用いた理解と対応法を伝えようとしています。 もしも「難しい依頼者」がパーソナリティ障害(あるいはそれに近いパーソナリティ)だとすれば,彼ら自身のパーソナリティの傾向から対人関係上のトラブルを起こしたり,法的紛争に巻き込まれやすい傾向があり,その中で彼ら自身が苦しんでいるし,周りも苦しんでいます。そこでの法的紛争の解決が必要なことは,全ての依頼者の場合と同じはずです。 法律の専門家が,その専門性をもって法的紛争の解決を援助するための前提には,依頼者との信頼関係を築くことが不可欠です。そこには,法的な専門性だけでなく,高度な対人関係技能が要求されます。そして難しい依頼者との間で信頼関係を築くために,弁護士が知る必要のある知識,身に着ける必要のある技能が,パーソナリティ障害の理論ではないかと考えています。 このことを前提にしつつ,記述の煩雑さを避けるため,以下においては,パーソナリティ障害と診断されている依頼者と,診断は受けていないが言動の特徴からパーソナリティ障害に近いパーソナリティだと思われる依頼者の両方を含めて「パーソナリティ障害の依頼者」という言葉を用います。11第1章 難しい依頼者とパーソナリティ障害

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