難しい依頼者と出会った法律家へ
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49いたい」と話した。 洋介さんによれば,洋介さんはM美さんの性格に振り回されることが多く,父親から交際を反対されていたこともあり,M美さんと別れようとしたという。しかし洋介さんと別れることに納得できなかったM美さんは,翌日から洋介さんに頻繁にメールや電話をし,洋介さんが着信拒否するとM美さんは洋介さんが一人暮らしをしているマンションの前で洋介さんの出入りを待ち,別れる理由を問いただしたり,「絶対別れないから」など大声を出したりしていた。 しかし洋介さんがM美さんを避けて逃げ回ることが続いていたので,M美さんはある晩,洋介さんのマンションのそばで洋介さんの帰宅を待ち伏せしていたのだが,洋介さんはなかなか帰宅しなかった。苛立ったM美さんは衝動的に,駐車場の隅にあった消火器を使って洋介さん所有の高級外車の窓ガラスを割ったとのことだった。駐車場の防犯カメラに映る姿から,犯人がM美さんだと判明したのだという。 佐藤弁護士は内心,「ずいぶん一方的な話だな。妊娠のことはどう考えているのだろう」と思い,「M美さんが妊娠して中絶したと聞きましたが」と話を振ると,洋介さんは「妊娠したといっても,別の男性の子どもかもしれません。M美は僕以外の男性とも時々関係をもっていました。私の仕事が忙しくなると,他の男性と会ったりしていました。それで修羅場になり,私も疲れてしまって,別れることにしたんです」と話した。それは嘘とも感じられず,佐藤弁護士はM美さんから聞いた話とのギャップに驚きを感じるとともに,示談交渉でこれ以上そこを追及することは難しそうだと思った。洋介さんの父親は,「まったくひどい女でしょ。先生もそう思われますでしょう」と言い添えた。 佐藤弁護士から示談金として200万円の実損の賠償をしたいと提案すると,洋介さんの弁護士は「慰謝料も含めて300万円は譲れないです」と応じた。しかしそばで聞いていた洋介さんの父親は,弁護士を制して,「彼女と息子の縁が切れればいいんです。200万でいいです。その代わり,二度と息子に近づかないと約束させてください」と言っ第1章 情緒不安定な当事者(境界性パーソナリティ障害)

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