難しい依頼者と出会った法律家へ
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 家族関係や友人関係と異なり,弁護士─依頼者の関係は,法律問題を依頼者の利益になるように解決するという明確な目的を持ち,利害が対立する相手方が存在し,法律や裁判制度という外在的制約があるなど,固有の性質を持つ人間関係です。そのような弁護士─依頼者関係の特徴に応じて,パーソナリティ障害やその傾向を持つ人々への対応法を考える必要があり,本書はその要請に応えることを意図しています。 このように説明すると,読者の中には本書を「パーソナリティ障害の依頼者への対応法を書いたマニュアル本だろう」と捉える方もおられるかもしれません。法律家は,「実定法」や「判例」を基準にして物事を考える習慣がありますので,他の場面でも何か形のある基準(マニュアル)を拠り所にしたいと思いがちであることは,筆者自身も痛感しているところです。そして確かに本書は,いくつかのパーソナリティ障害の類型に沿って,弁護士が何に注意を払い,どのように対応すると良いのかを述べています。 しかし,対人関係において確実なマニュアルなど無いことは,親や兄弟,友人,恋人,配偶者との関係についての実体験を思い起こせば,容易に想像がつくことでしょう。仮にある依頼者が,あるパーソナリティ障害の類型に似た行動・感情・思考のパターンを示すと判断できたとしても,人の性格は千差万別であり,置かれている状況も多種多様なので,「対応法」の単純な当てはめをしたとしても,必ずしもうまくいくとは限りません。 それでもなお,本書が読者の役に立つと考えるのは,次のような理由からです。「難しい依頼者」に悩んでいるとき,だれもが,それまでの対人関係の経験から似たような場合があったかどうか思い出して,同じことを試してみようとするでしょう。しかし,「難しい依頼者」から受ける衝撃や混乱が,それまで経験したことのないものだったら,あなたはどう考えてよいか分からず,混乱や不安は増すことでしょう。その時,何か過去の経験に代わる,考えるヒントが欲しいと思うのではないでしょうか。言い換えれば,「難しい依頼者」がどのような人物であり,どう対応すればうまくいくのかについて,いくつか可能性のある仮説を立てて検討することができれば,それだけでも,あなたの混乱と不安は軽減するのではないでしょうか。それによってあなたの対処能力は格段に向上するはずです。vはじめに

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