第1 本稿の対象た理由付けをしており,5)そうした判例を前提とする限り,そうした伝統的な趣旨理解を完全に放棄することは難しいであろう。 他方,近時は,以下のような考え方が有力になりつつあるように見える。まず,取得時効と消滅時効は内容・機能が異なり,諸外国でも分けて考えることが主流であることから,これら2つの時効の趣旨は別個に検討されるべきとされる。そして,消滅時効については,「永続する事実状態の保護」(取引の安全等)により正当化できる場面が限られていること等から,6)証明困難からの救済を軸にする考え方が有力になりつつある。7) そうした考え方をする論者の中には,時効による救済がなされる場合を証明困難からの救済の場合にできるだけ限定する解釈をすべきとする論者もいる一方で,複数の機能を正当化するために,帳票の保管費用の削減や,(端的な)債務からの解放の必要性等,新たな趣旨理解を試みる論者もいるのが現状と思われる。 実務的には,①時効の趣旨理解が現在においても様々であり,また,②後の趣旨があると説明した方が正当化しやすい。)。時効停止についても,その趣旨を,権利行使を期待できない者を保護することと考えたら,権利不行使への制裁が時効の趣旨に含まれるものとして理解する方が自然であろう。5)例えば,判例は,時効制度は,法律が権利の上に眠る者の保護を拒否して社会の永続する状態を安定させようとすることを一事由とする,と説明しており,少なくとも,権利不行使への制裁,永続する事実状態の保護を時効制度の趣旨の一部として認めている(大判昭和14年3月22日民集18巻238頁)。権利不行使への制裁だけで説明する判例もある(最大判昭和38年1月30民集17巻1号99頁)。6)「永続する事実状態の保護」については,民法上の他の取引安全制度との平仄が考えられていない,という指摘する論者も多い。7)不法行為に基づく損害賠償請求権に係る短期消滅時効の趣旨について,判例は,「損害賠償の請求を受けるかどうか,いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果,極めて不安定な立場に置かれる加害者の法的地位を安定させ,加害者を保護することにある」としている(最判昭和49年12月17日民集28巻10号2059頁)。不法行為の場合には,「永続する事実状態の保護」で説明できる場合は少ないと思われ,加害者側の証明困難からの救済の面を重視せざるを得ないであろう。他方,時効の援用が可能な「当事者」(民法145条)の範囲が拡大し,抵当不動産の第三取得者等,当然に債務弁済に関わるとは言えない者が含まれるようになっている傾向については,権利行使の懈怠に対する制裁の趣旨を強調しないと,正当化しにくいようにも思われる。時効の効力が起算日に遡ること(民法144条)についても,事実状態の保護の観点の方が説明しやすいであろう。また,改正民法167条,724条の2において規定する人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権に係る時効期間の伸長は,権利行使が類型的に期待しにくい場合があることによって根拠付けることが合理的ではなかろうか。3
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