⑵ DVD視聴小百合は、受付待合室で「子どものいる夫婦が離れて暮らすとき考えなければならないこと」というタイトルのDVDを視聴した。引き続いて面会交流のDVDに切り替わったところで、慌ててハンカチで目尻を拭った。知らず知らずに涙を流していたことにようやく気付き、周囲を見渡したが、誰もいなかった。悠人を連れて家を出ようとして、悠人を連れ出せなかった日のことが思い出され、さらに熱い涙がこみ上げてきた。悠人は、母親がいなくなり、連絡もないことをどう受け止めているのだろう。悠人の前では喧嘩をしないよう気を付けてきた。両親の喧嘩を目の当たりにしたことはないはずである。でも。小百合自身、家を出た日の記憶は少しあいまいになっているが、 「小賢しい女はいらん。出て行きなさい!」と怒鳴られた恐怖と胸の痛みは消えていない。あのとき、悠人は近くにいたのだろうか。悠人は、両親の関係をどんな風に感じているのだろうか。小百合は、家を出てから一日として悠人のことを考えない日はなかった。食事はどうしているのだろうか。仕上げ磨きは。読み聞かせは。添い寝は。 「お母さん、あのね、ゆうとね」少し甘えた話し方を思い出しながら、小百合は、悠人が自分たち夫婦の関係や祖父との関係をどう感じているか、そんな視点で考えたことはあまりなかったと振り返った。 「じーじは、お母さんにいじわるなの?」まだ、悠人が四歳になるかならないくらいの時、何かをきっかけに尋ねられたことがある。 「そんなことないよ。お母さんがちょっと失敗が多かっただけ」と答えると、 「そうなんだ。失敗しないようにしなきゃね」 第2章 調停委員会による調整事例╱ケース1 26
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