2序 章 善管注意義務とは また,取締役の善管注意義務違反が問題になることも多いが,取締役は経営の専門家であるため,経営に関しては裁量が与えられている。当該裁量の判断基準として一般的にいわれているのが「経営判断の原則」といわれるものである。 他方で,民法400条にも「善良な管理者の注意」が定められているが,特定物に関する占有者の行為基準のことと解される(債権総則である民400条と契約各論である民644条との関係については諸説ある)。 特定物の引渡しをする者は,当該取引における一般的平均人に要求される注意をもって特定物を保存しなければならない。当該取引において特定物を保存するにあたり要求される「善良な管理者の注意」がどのようなものなのかが問題になってくるわけである。 以上のとおり,「善良な管理者の注意」とは,当該行為が適法になるか違法になるかの判断基準となるものであるから,法令や契約に個別規定がある場合には,一般的に善管注意義務を問題にする必要がないことが多いと思われる。 個別規定がある場合には,当該個別規定こそが,適法と違法の境界線であり,行為基準だからである。単純に当該個別規定に違反するかどうかだけを考えれば十分である場合が多いであろう。 そのため,法令にも契約にも個別規定がなく,何が行為基準なのかが分からないときにこそ,「善良な管理者の注意」という概念が特に重要になってくると思われる。 本書では,このような理解に基づき,何が行為基準なのかが分からないものの,法律上あるいは契約上,「善良な管理者の注意」をもって行為しなければならないと規定されている(あるいは解釈される)場合の判断方法を主に分析している。
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