8_別段
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本書は,民事信託契約の「別段の定め」について述べたものである。信託契約は契約であるが,信託は契約ではない。これが本書の執筆理由と主題である。以下敷衍して述べたい。まず,「信託は契約ではない」について。このことが理解されないことへの強い危機感がある。直接の原因は,東京地裁での,平成30年10月23日判決(金融法務事情2122-85)と,平成31年1月25日判決(ウエストロー・ジャパン)である。両判決は,当事者の合意を基調とする契約法理から理由と結論を導いており,問題とされた法律関係が信託であること,つまり,誰のための財産管理であるべきかという視点を決定的に欠いているように思う。契約で定めさえすれば,それが委託者や受益者の利益を害し,信託(又はそれが存続すること)による利益を受託者と称する者に享受させるものであっても信託として存在することが許されるというメッセージとして受け取られかねないと危惧するからである。そのような問題意識で,論文「信託行為の別段の定めに限界はないのか?―『本信託は,委託者兼受益者と受託者との合意によって(のみ)終了させることができる』を題材に―〜「民事信託」実務の諸問題⑷〜」(駿河台法学34巻1号1頁。駿河台大学学術情報リポジトリにて公開中)を書いた。しかし,他の法務と同様に,実践が理論に先行する。正しい理論が事後に解明されても,それまでに,不利益を被る民事信託利用者が生み出される。実務の方向転換を促し,“被害者”を生まない状況にすることが急務である。そのためには,依頼者の依頼に応えるだけでなく,より高い目線が求められる。すなわち,民事信託が信託の名に値すると認知され,安心して利用される制度にするために,日々設定される民事信託が受益者のための財産管理の仕組みとなっているかを常に意識した実践の積み重ねが必要である。民事信託設定業務に携わる「専門家」にそのような意識をもっていただきたい,より強く意識していただきたい,それにより,“契約とは異なる信託”をより広めていきたいとの想いが本書執筆を決意した理由である。次に,「信託契約は契約である」について。iはしがき

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