条項例3④ コメント注意義務の程度の軽減をすることは立法担当者も認めているところであるため(寺本112),そのような定めが直ちに違法・無効となるとは考えにくい。しかし,受託者が委託者の親族ではない者である場合はもちろんのこと,委託者の親族である場合であっても,他人の財産を管理する他の法制度においては,管理者は善管注意義務を負っていること(委任契約の受任者(民法644条),法定後見人(同法869条)及び遺言執行者(同法1021条2項))や,善管注意義務の意義からして,軽減する必要がそもそもあると言えるのかについて慎重に判断して,定めをするのがよいと思われる。善管注意義務を負うとすると,信託銀行といったいわゆるプロの受託者と同程度の注意義務を素人である受託者に課すことになるから,軽減するのが相当であるとする考えがあるかもしれないが,善管注意義務は,「その職業や地位にある者として通常要求される程度の注意を意味」(寺本112)するのであるから,信託銀行における善管注意義務と民事信託の受託者におけるそれとが,同程度になると考えること自体に疑問がある。善管注意義務は,民事信託の受託者に対し過度な負担を課すものではない。また,民事信託預金口座を開設する預金取扱金融機関や金融商品取引業者からすると,親族の財産といえども他人の財産を預かりながらそれを自分の物と同じように管理すれば足りるとするような信託契約の受託者を信用することはできないと思われる。慎重さを欠く受託者による取引が信託財産に損失を与えた場合に,金融機関自らに対するクレームに発展することを懸念するからである。親族内のことだけを考えて義務の軽減を安易に定めてしまうことで,金融機関等の第三者との取引に支障を来すことのないように気をつけたい。なお,他人の財産の管理制度である信託の受託者の注意義務を自己の同一の注意義務まで軽減することを許容することについて疑問を呈する見解もある(新井254)。第1章 受託者等42信託法第29条第2項本文の定めにかかわらず,受託者は,信託事務の処理について,故意又は重過失があった場合に限り,注意義務違反の責任を負うものとする。
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