この側面からは,現在の民事信託実務,特に「支援業務」と呼ばれることの多い民事信託設定業務の行われ方に対して強い疑問を感じている。依頼者を信託契約の両当事者としたり(「依頼者は家族」とすることも同様である。),定型の契約書の名前だけ入れ替えたりと,一般的な契約書起案の実務からは理解に苦しむ態様で民事信託が設定(支援)されていると聞く。強調したいのは,一方当事者の利益となる契約条項は,他方にとっては不利益をもたらすということである。例えば,受託者の事務負担を軽くすれば,受益者の保護は弱まり,受益者の保護を過度に厚くすれば,受託者が信託事務を処理し切れないおそれが高まるのである。また,信託契約は,契約当事者でない受益者や他の信託関係人,また,現在だけでなく将来その地位に立つ者の権利義務を定めるものであり,ここにも,内在的な利害対立が存在する。さながら,時間差バトルロイヤルのように,常に同一方向を向くとは限らない各人の利害が,ときには曖昧に,ときには鋭く,対立する場である。そこでは,「みんなの味方」でいることはできない。信託は,信託関係人間の権利義務の総体であり,これを定めるのが信託契約書である。信託契約書は,家族内のお約束事を書き留めておくものではない。ましてや受託者が親の財産を囲い込むための便法でもない。最終的には,裁判所が権利義務の存否を判断する基礎となる文書である。そのような文書の作成,民事信託契約の締結の現場において,将来の自分を拘束する根拠となる「自ら引き受けた」事実がどれだけ存在するだろうか。「専門家」と称する者から言われるままに,ウェブサイトや書籍からの継ぎはぎに署名押印しても,そこには拘束を正当化する理解と納得が存在しない。信託制度と信託契約の内容は理解するのが難しい。だからこそ,信託についての正確な理解と経験を備える「専門家」による関与が求められる。以上のような考えを,より多くの民事信託の実務家にお伝えし,実践していただくための方法論として,信託行為の「別段の定め」に着目した。「別段の定め」は,信託法が一定の利益衡量の下に定めたデフォルトルールを変更・排除する特約である。これを定めるには,信託法が行った利益衡量の内容,それが依頼者の具体的状況に適合しているか,適合させるために必要な変更は何か,具体的な契約条項の表現如何といった多様な事項を検討し,契約当事者に対し説明し,その理解を得なければならない。このような個別性の強い「別段の定め」の実務の内容を明らかにすることにより,民事信託設定業務が,関係者の利害が対立する中での契約締結実務ii
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