行為依存と刑事弁護
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第2章性依存と刑事弁護 もっとも,現時点では,精神科診断において広く用いられている,国際的診断基準であるDSM-5(「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Dis-orders」第5版)やICD-10(「International Classification of Diseases」第10版)において,「性依存症」という名称の診断分類は設けられていません。 そのため,弁護人が性依存の問題を法廷で取り上げた場合,検察官は,「性依存症はDSM-5にもICD-10にも掲載されていないので,精神障害には当たらない」という趣旨の反論をしてくることがよくあります。 しかし,そもそも,DSM-5やID-10の診断分類は普遍的なものではなく,医学の進化と共に刻々と変化していくものなので,そこに掲載されているか否かが決定的な意味を持つものではありません。そして,刑事裁判は,診断名により(法的な責任非難の程度が)判断されるわけではなく,事件当時にどのような精神障害があり,それが犯行にどのように影響を与えたのかが問題となるのですから,上記のような検察官の主張は失当といえます。 もっとも,上記のような検察官との応酬が想定されるため,刑事裁判で問題となることが多い精神障害(統合失調症やうつ病など)や,依存症の中でもDSM-5やICD-10に掲載されている窃盗症による影響を主張する場合に比べると,性依存の問題を法廷で取り上げることに対して,弁護人がハードルの高さを感じているのかもしれません。 また,現在のところ,性依存症の治療に対応している医療機関はきわめて少なく,依頼者が望んだとしても,適切な治療につながることが難しいという実情があります。そのため,医療機関と連携した弁護活動にも自ずと限界が生まれます。このような性依存の問題に対する社会資源の少なさゆえに,なし得る弁護活動に限界を感じて,弁護人が示談交渉以外の情状弁護活動を行うことをあきらめてしまうケースも少なくないのではないかと感じています。 しかし,ハードルの高さを理由に,弁護人があきらめてはなりません。 性犯罪の背景に性依存の問題があるケースが多くあることは,刑事施設において,性依存的傾向が認められる人(性犯罪の要因となる認知の偏りや,自己統制力の不足等がある者)に対して,性犯罪再犯防止指導(性依存症第1 性依存という問題を知る  17

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