行為依存と刑事弁護
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私は,治療的司法観に基づく判例群と評している。現時点では,窃盗症の量刑判断においては,思考停止された行為責任主義と治療的司法観に基づく判例群が拮抗した状況にあると理解し得る。 ここで裁判官に申し上げたい。刑事裁判において被告人を裁くのは裁判官である。しかし,裁判官が署名した判決文は歴史に裁かれる。後世における刑事司法の研究者は,異口同音に「精神障害者が治療を中断させられて刑務所に収容されていた暗黒の時代があった」と断ずるであろう。今こそ思考停止された行為責任主義に基づく判決ではなく,治療的司法観に基づく判決を志向すべき時がきたのである。 また,私には忘れられない検察官がいる。私の説得に応じて勾留請求を取りやめ,被疑者の治療風景を見学した上,累犯前科を抱えた被疑者を起訴猶予にしてくれた。その時の元被疑者は,その後,精神保健福祉士となり,窃盗症患者の治療に携わるようになった。 弁護人に告げたい。依頼者が懲役の実刑判決を受けた場合に,検察官や裁判官の無理解を理由としてはならない。自らが望む結果が得られなかった場合,その結果責任はもとより弁護人のみが負うべきものである。自らの弁護の拙さを棚に上げて他者に責任転嫁するのでは自らの弁護技術の向上は見込まれないであろう。 本書が一人でも多くの法曹実務家の目にとまり,情状弁護の技術向上,治療的司法観に基づく裁判実務に寄与できれば共著者の一人としてこの上ない喜びである。 本書の出版には,日本加除出版の渡邊宏美氏に,周到かつ熱心なご助力をいただいた。同氏のご尽力がなければ本書は世に出ることはなかったであろう。厚くお礼を申し上げたい。 令和3年2月弁護士法人鳳法律事務所代表弁護士 林  大悟iv  刊行にあたって

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