不動産鑑定と訴訟実務
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はしがき不動産取引あるいは不動産紛争において,不動産鑑定は必要なのか。あるいは,不動産鑑定は利用者に対しそのコストを上回る価値を提供できるのか。このような質問を,実務上しばしば受ける。これに対する回答を示すのが,本書の狙いである。そして,訴訟実務において,不動産鑑定の知識は必要であり,またその価値も大きいというのが,本書の回答である。不動産鑑定(appraisal)とは,本質的には不動産の経済価値の判定(valuation)であるが,機能としては大きく二つある。第一に,不動産鑑定によって,物理的な現況診断に加え,不動産の法律的・経済的側面の診断も行うことができる(due diligenceとしての機能)。不動産取引には,土壌汚染の可能性,建築規制(既存不適格,再築不可),利回りの将来動向等多くのリスクが存在する。これらのリスクが実現した場合の損失額は通常,鑑定費用を超えて余りある。事前に不動産鑑定を行うことによって蓋然性の高いリスクが一定程度洗い出され,それによって致命的な損失は回避できることを踏まえると,不動産鑑定なしの取引など現実的な選択肢としてあり得るのか甚だ疑問である。第二の機能は,価格や賃料等の相当性をめぐって訴訟等の紛争に発展した場合に,不動産鑑定はそれ自体,一方当事者の攻撃防御方法となることである(statementとしての機能)。訴訟上の争点となる価格等が,一方当事者の主張する事実を前提にした規範的評価(法的判断)である以上,当該立場からの意見としての鑑定評価書等を提出するべきである。当初より裁判所による鑑定に結果を委ねるのは,準備書面を提出せずいきなり判決を求めるに等しい行為といってよい。なお,不動産鑑定が第二の機能を有するのは,不動産鑑定が法制度として位置づけられているからであるが,これによって,不動産鑑定士の意見が一私人の意見としてではなく,法制度に基づく専門家の意見として扱われることになる。この扱いは,建築紛争における建築士の意見,あるいは医療訴訟における医師の意見等と同じである。そのような意味では,不動産鑑定を利用可能な訴訟は,いわゆる専門訴訟というiはしがき

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