序章 プロローグ 129 しばらくの間,日中は親子3人で和菓子店で過ごす穏やかな日が続いたが,玲奈が家業に慣れ,店頭での販売だけでなく,帳簿付けなども任されるようになり,仕事としてのやりがいを感じるようになったころから,ちょっとした行き違いが生じるようになった。効率や売り上げを第一に考える玲奈にとっては,お辞儀の仕方や帳簿のつけ方などのこまごまとした指摘は素直に聞き入れられないものであったし,アパレルでの経験をもとにオンラインで販路拡大を強く勧めたのに理解が得られなかったことは大きな落胆であった。 ちょうどそんな折,岳斗の妊娠も重なり,家業の手伝いを止めることになった。 平成25年12月23日,玲奈は岳斗を出産した。 乳児と幼児の二人を同時にケアするのは並大抵のことではなく,特に効率と無関係にそれぞれのニーズに合わせて対応するのは玲奈にとって非常に苦痛の大きいものであった。浩一は,これまで以上に家事を分担するようになり,特に拓斗の食事や入浴,寝かしつけなどは浩一が担当した。 浩一は,玲奈がいっぱいいっぱいであることが分かるので,極力手助けをするようにしていたし,玲奈もそうした浩一の心遣いは分かるのでありがたく思うのだが,浩一は玲奈がなぜ拓斗の好奇心やつたないおしゃべりに付き合えないのか理解できなかったし,玲奈はなぜ浩一がいらいらせずに子どもの相手ができるのか理解できなかった。3 育児と夫婦のすれ違い 平成27年4月,玲奈は保険外交員として就労し,拓斗と岳斗は保育園に入園した。玲奈としては,子どもが2人になり家計費が十分でないと心配したための就職であったが,浩一としては,子育てよりも外で働きたいのであれば仕方ないと考えていた。 浩一の方が朝早く出勤し帰宅も遅いため,保育園の送迎や水泳教室への送迎などは玲奈が担当したが,掃除や洗濯,食器の洗い物などの家事や子どもの入浴や寝かしつけなど,浩一も家事や育児の多くを分担した。しかし,玲奈は自分も外で働いているにも関わらず家事育児の負担は自分にのしかかっているとの不満を持っていた。 岳斗の手が離れるようになると,週末,玲奈は高校時代の友達や職場の友達などとコンサートや外食に出ることが増えた。浩一は,週末を家族で
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