詐害行為
8/64

はしがきiv釈論上の諸問題を検討し,その上で訴訟物,請求原因,抗弁等の整理,訴状記載例を掲載し,立証のポイントや具体的な立証手段を論じている。また,強制執行の準備段階として行使される詐害行為取消権の特性を考慮し,判決確定後の手続にも言及した。 私が尊敬する元裁判官で著名な要件事実研究家の方が,改正債権法における新しい詐害行為取消権規定の要件事実的整理は難解で統一的な理解を進めるのは困難と話されていた。この言葉に代表されるように,新たな詐害行為取消訴訟における要件事実の理解はまだ緒についたばかりである。したがって,本書において記載した請求原因等の要件事実も,未だ訴訟実務として定着していないものも多分に含まれていることにご留意賜りたい。法改正による新たな制度が実務において一定の落ち着きを見せるには10年,20年という単位の歳月が必要である。本書をその一里塚として利用いただければ幸いである。 第3編は,筆者の自説である多元説に基づき,責任説に依拠した詐害行為取消訴訟のあり方を検討するものである。実務解説書において,この種の試みがなされることは我が国においては初めてとなる。改正債権法に基づく新しい詐害行為取消権制度は,前述の明治44年判例以来の折衷説を踏襲し,折衷説に基づく最終形態としての詐害行為取消訴訟モデルの構築を可能とした。と同時に次に来るべき責任説的処理への扉を開いたというのが筆者の持論である。筆者はこれを多元説の試みと称している。施行後間もない現時点においては,責任説的処理を前提とする詐害行為取消訴訟が運営される環境にはないが,革新の気概溢れる進取の法律家によって責任説に基づく訴訟提起の試みが,いつの日にか現実のものとなることを期待するものである。 第三者の下での執行忍容が世界的趨勢となっている昨今,ひとり我が国のみが逸出財産の返還に拘泥することには限界があり,見直しを迎える時期が確実に近づいていると理解している。良き少数意見は,次世代の知性に対する訴えであるという私の好きな言葉がある。米国最高裁判所の少数意見制度に関する文献のなかで,偶然,見つけた表現であるが,第3編はまさにそのような意味合いを持つものである。

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る