第1章 競業避止義務8 労働契約法3条4項に,「労働者及び使用者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行しなければならない。」と規定されていることからも分かる通り,労働者は,誠実に労務を提供する義務を負っている。 さらに言えば,使用者は企業秩序維持のために必要な措置を講じる権能を持っていることから,労働者は企業秩序を遵守すべき義務を負うことになる(最一小判平8・3・28裁時1169号1頁)。 競業避止義務とは,「使用者と競合する企業に就職し,又は自ら競合事業を営まない義務をいう」(髙部眞規子『実務詳説 不正競争訴訟』(金融財政事情研究会,2020年)340頁)とされているが,労働者は,在職中,使用者に対して,忠実義務・誠実義務を負っているから,競業行為を行って使用者に損害を与えることは,忠実義務違反・誠実義務違反になり得ることになる。⑵ 近時の裁判例 近時の裁判例(東京地判平30・9・7ウエストロー)も,次のように判示して,労働者が,誠実義務の一種として競業避止義務を負うことを指摘している。 「労働者は,雇用契約上,誠実に労務に服すべき義務を負う(労働契約法3条4項参照)。勤務時間中に所定の労務給付を怠って自己や第三者のために営業活動をするようなことは,競業になると否とを問わず,それ自体労務給付の不履行そのものとなり得るし,また,上記誠実義務の一種として,労働者は,雇用契約の継続中,競業避止義務を負い,労働者の自由な時間を利用してのものであっても,使用者の顧客を労働者自身の顧客にして使用者に不利益をもたらすような行為は,競業避止義務違反となる。これら労働者の義務違反により使用者に損害が生じれば,使用者は労働者に対し,その損害を賠償するよう請求することができる。」 また,他の裁判例(東京地判令元・5・28ウエストロー)も,次のように判示して,雇用契約上の付随義務ないし信義則上の義務として,競業避止義務を認めている。 「一般に,被用者は,使用者の正当な利益を労使間の信頼関係に反す
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