〔10〕12 第1編 民事訴訟における裁判官の釈明・指摘義務2 処分権主義・弁論主義と釈明権 民事訴訟においては,(情報)自己決定の原則から演繹される当事者支配(処分権主義,弁論主義)11)ならびに主張責任および証明責任の原則が妥当する。裁判所の釈明権・釈明義務についても,このことが顧慮されなければならない。他方において,これらの原則が妥当するので,裁判所の釈明権・釈明義務は裁判所が当事者の社会的後見となり,または,当事者の事実資料の提出責任を軽減することになってはならない。12)裁判所は,つねに民事訴訟が処分権主義および弁論主義という訴訟原則に立脚しており,民事訴訟が当事者支配に服していることを顧慮しなければならない。 処分権主義によれば,訴えを提起するか,いかなる事項について裁判所の裁判を求めるか,開始した訴訟手続を判決によらないで終了させるか否かを決定する権限は当事者に帰属する。弁論主義によれば,裁判所は当事者の提出した事実のみを判決の基礎にすることができるので,いかなる事実を提出するか,相手方の主張を争うか,争わないか,争いのある事実を証明するためにいかなる証拠を提出するかを決めるのは,当事者の権限かつ責任に属する。裁判所がいずれの当事者も提出していない事実を裁判の基礎にした場合には,この判決は弁論主義に違反した重大な手続瑕疵のある判決であり,弁論主義違反として上級審によって取り消されなければならない。 ところが今日,「当事者が主張しない事実を裁判所が取り上げた場合,それに対して相手方が不服を述べるときは,釈明義務違反のみによるべき10)注釈民訴⑶429頁以下[野村] および同書に挙げられた文献参照。11)松本博之「民事訴訟における当事者の自己決定」松本博之ほか編・現代社会と自己決定権(1997年・信山社)383頁以下;吉野正三郎・集中講義民事訴訟法(1990年・成文堂)53頁参照。12)Anders/Gehle/Anders, §139 Rn.13.囲を明らかにするのが釈明権・釈明義務論の課題である。 ところが,最近では「当事者主義的訴訟運営」なるものが主張され,この観点から利益考量の方法で釈明義務の範囲を規律すべきだという議論が登場しているが,10)釈明義務は当事者支配の基本原則のもとで必要な制度であり,後述のように法的審問請求権や公正手続請求権を具体化する制度でもあることの認識が重要である。
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