第1章 釈明権・釈明義務と当事者の法的審問請求権 1313)山本和彦「弁論主義の根拠」同・民事訴訟法の基本問題(2002年・判例タイムズ社,初出は1998年)127頁,137頁以下。14)園田賢治「判決による不意打ちとその救済に関する一考察」井上治典先生追悼論文集 民事紛争と手続理論の現在(2008年・法律文化社)239頁以下は,裁判所がいずれの当事者も提出しない事実を判決の基礎にする場合に,この事実が不利益に作用し不意打ちを受ける相手方当事者(Y)は弁論主義違反でなく,釈明義務違反によってのみ救済されるべきだと主張する山本・前掲注13)に対し,そのような判決はその事実が有利な当事者(Ⅹ)にも,弁論主義のルールへの信頼を裏切るという意味で不意打ちとなることがあると指摘するとともに,このような判決に対する救済として,山本説の主張する釈明義務違反による原判決の破棄は差戻し後の訴訟においてⅩはこの事実を提出することができるので十分な救済でないとして,自説を展開している。この論文は,裁判所の釈明は当事者が主張責任を負っている事実の主張を促して中立性に反すべきでなく,裁判所の法的観点の指摘にとどめるべきだと主張する。であり,弁論主義違反を根拠にできない ……。したがって,仮に裁判所が当該問題の存在を十分に指摘した後にある事実を取り上げたような場合には,相手方の弁論権は実質的に保障されており,相手方は不服申立てできず,有利な事実を取り上げられた当事者だけが弁論主義違反を主張できる」という見解13)が主張され,一定の範囲において影響を与えている。しかし,これは,民事訴訟において当事者が訴訟支配を有し,裁判所は当事者のいずれもが主張しない事実を裁判の基礎にしてはならないという裁判所に対する禁止を否定し,裁判所は存在すると考える事実を,相手方(主張責任を負っていない当事者)に指摘してその発言の機会を与えておきさえすれば,裁判の基礎にすることができるという議論であり,相手方への指摘という要件が加えられてはいるが,裁判所が当事者の側から主張されていない事実を進んで裁判の基礎にすることに道を開こうとするものであるから,実質は職権による事実の提出を肯定する議論である。14)本来の職権探知主義のもとにおいても,裁判所は職権で探知した事実を当事者に知らせ意見を述べる機会を与えなければならないのであるから,この議論が職権探知とはいわずに職権探知を肯定していることが明らかであろう(「隠れた職権探知主義」ということができる)。しかも,この相手方への指摘という点についても,当事者の武器対等の原則から,裁判所の指摘は両当事者に対して行われなければならないところで,相手方への指摘で足りるとするものであり,当事者の法的審問請求権を無視し,当事者間の武器対等の原則にも違反する。しかしながら弁論主義の下で,相手方は当事者が主張しない事実に対して対応しなくてよいことを保障されており,裁判所が弁論主義に従って手続を進めることを信頼してよいのであるから,当事者の
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