民釈
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〔11〕〔12〕14 第1編 民事訴訟における裁判官の釈明・指摘義務15)このよう見方に対しては,強力な釈明権の行使は事実上,当事者自由の範囲を狭めるという指摘があるが(本間義信「釈明権」佐々木追悼164頁),だからこそ,釈明権・釈明義務は無制限ではなく,法律が要求する範囲の究明が重要なのである。16)Jauernig/Hess, Zivilprozessrecht, 30. Aufl., 2011, §25Ⅳ 3; Schilken, Zivilprozessrecht, Rn.359; Musielak/Voit/Stadler, §139 Rn.1. .主張しない事実を判決の基礎にすることは禁止されなければならない。したがって,相手方は,弁論主義違反という重大な手続違反を主張できなければならない。同時に,相手方は当該事実に対し意見を述べる権利を侵害されたので,後述の法的審問請求権の侵害を主張することができなければならない。このことは控訴裁判所の弁論主義違反において重要である。なぜなら,法的審問請求権の侵害は憲法違反をなすと解されるからである。弁論主義の理解についての最近の一部の学説の主張には,問題がある。 民訴法149条1項は,恣意的でなく公正で,できるだけ真実探求に向けられた手続のために配慮義務を裁判所(裁判長,単独裁判官)に補充的に課するものということができる。そこで,処分権主義および弁論主義と裁判所の釈明権の行使とはどのような関係に立つかが問題となるのであるが,釈明義務は当事者の処分自由の限界を超えるものでない。 釈明義務は,職権探知(たとえば人訴20条,家事手続56条1項,非訟49条1項)による事案の解明を意味しない。釈明権の行使によって裁判所は職権により事実の探知を行い,職権により事実を訴訟に導入するのではなく,当事者が申立てを補充,訂正または変更し,事実陳述を訂正または補充し,証拠申出をするきっかけを与えるにすぎない。裁判所の釈明権の行使に応じて申立て,事実陳述,証拠申出をするかどうかは,当事者が自ら決める事柄である。当事者は釈明権の行使に応じた訴訟行為をしないことができる。この意味で,裁判所の釈明権の行使は,処分権主義・弁論主義にとって代わるものではなく,これを制限するものでもなく,これを補充するにすぎず,弁論主義がよく機能するように奉仕する関係にある。15)釈明権・釈明義務は事案の解明に当たり当事者と裁判所の協力を目指すものではあるが,依然として当事者が手続主体として手続対象と訴訟資料を決定する権能を有するので,これを協働主義(Kooperationsmaxime)ということはできない。16) 学説においては,弁論主義と釈明権・釈明義務との機能的結びつきを強

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