遺産分割事件は,判例も公刊されている裁判例もまだ少なく,書籍や論文には触れられていない問題に直面することもよくあります。特に,調停の円滑な進行を妨げる手続上・事実上の問題については,法律の解釈からだけでは解決し得ないことも見受けられます。本書で取り上げた「Q」の多くは,私が実際に遺産分割事件で直面した問題や,実務家から寄せられた相談を題材にしています。個別具体性が強く,当事者の意向が影響することもある遺産分割事件では,本書の「A」の中には,唯一の正解とはいえないものもあるかもしれませんが,本書では,直面した問題に頭を悩ませ,時には他の裁判官と一緒になって協議し,辿り着いた工夫例を紹介しています。意見にわたるところは,個人的な見解で,まだまだ探求が足りないところがあるのは重々承知しています。実際の事件により,また,裁判官により,異なる運用や見解もあり得るでしょう。このような意味で,「手引きのようなもの」として,本書を活用していただけたら幸いです(当初,本書の書名は,「手引き」ではなく,(井上陽水奥田民生の曲名から)「手引きのようなもの」とすることを考えていました。)。私は,これまで岡山家裁津山支部,東京家裁家事第5部(遺産分割専門部),長野家裁松本支部で遺産分割事件を担当してきましたが,本書を執筆することで,遺産分割事件の解決は,家事調停委員,裁判所書記官・家裁調査官・事務官との協働,同じ部(支部)・同じ管内の裁判官との日常の議論,当事者(本書は,家裁に係属した遺産分割事件を前提にしますので,「相続人」ではなく,主に「当事者」という表記を用いています。)の決断,手続代理人弁護士の援助があってこそだと改めて実感しました。特に,事件の前面に立ち,当事者から懇切丁寧に事情を確認し,適切な解決の導き手となっている家事調停委員の方々には感謝しかありません。また,東京家裁家事第5部で遺産分割事件の何たるかをご教示いただき,本書の執筆の機会を与えてくださったあ岡武裁判官(当時)にもこの場を借りて御礼申し上げる次第です。iはしがき
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