【事案1】 遺言無効主張を受けた場合の遺言の執行について 9見が広まり、遺言能力や遺言に要する意思能力の有無の問題が人口に膾炙し、遺言公正証書に対しても、安易に遺言無効主張がなされるようになりました。 しかし、認知症に罹患していても、必ずしも常に意思能力がないとは限らず、認知症診断を受けていても遺言をするに足りる精神的能力を保持している場合も結構あるので、遺言をするに足りる意思能力の有無を判定することは、実は、かなり難しいのです。2 遺言の形式的要件(特に自書) 遺言の形式的要件に不備があると主張される場合は、比較的容易に判断することが可能です。自筆証書遺言の場合なら、押印が欠落している、日付が適正に記載されていないなど、過去の最高裁判例において有効無効の判断がなされた事項を検討すればおおむね判定できるのではないでしょうか。 しかし、自書の要件を満たさない(すなわち偽造)を主張される場合には、筆跡が特に問題となりますが、それとともに、印影が実印によるものか否かも検討しておくべきです。実印が押捺されている場合には、民事訴訟法228条4項及び最高裁昭和39年5月12日判決(民集18巻4号597頁)による二段の推定が直ちに適用されるわけではありませんが、自書である可能性が高くなります。もっとも、実印が家族との共用の印鑑であるなど、特に受益の相続人あるいは受遺者が使用したことのある印影である場合には、自書である可能性が低くなるといえそうです(最判昭和50年6月12日判タ325号188頁)。 問題は、筆跡鑑定ですが、そもそも客観的に遺言者本人のものであると断言できる資料が必要不可欠です。その資料としては、実印を押捺して印鑑証明書が添付されているような処分証書が有力です。しかし、「筆跡の鑑定は、科学的な検証を経ていないというその性質上、その証明力に限界があり、特に異なる者の筆になる旨を積極的にいう鑑定の証明力については、疑問なことが多い。したがって、筆跡鑑定には、他の証拠に優越するような証拠価値が一般的にあるのではないことに留意して、事案の総合的な分析検討をゆるがせにすることはできない。」(東京高判平成12年10月26日判タ1094号242頁)、「筆跡鑑定の結果を、決定的な根拠とすることはできない」(東京地判平成22年5月13日ウエストロー・ジャパン)、「筆跡鑑定に一定の限界があることは、当裁判所
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