事案から学ぶ 履行困難な遺言執行の実務
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2 胎児を受遺者とする遺言  民法965条により、受遺者についても同法886条が準用されることから、遺言者は胎児を受遺者として指定することができ、その場合、たとえ胎児の出生前に遺言者が死亡したとしても、当該胎児は出生後に遺贈により遺産を取得することができます。それでは、設問のように、いまだ懐胎する前の段階で、「将来生まれてくる子」を受遺者と指定することはできるでしょうか。民法の文言に従えば、少なくとも胎児として存在することが必要であり、胎児としてすら存在していない段階で、漠然と「将来生まれてくる子」を受遺者と指定することには無理があるものと思われます。ちなみに、遺贈に関するものではありませんが、最高裁第二小判平成18年9月4日判決(民集60巻7号2563頁)は、傍論ではありますが、男性の死亡後に当該男性の保存精子を用いて行われた人工生殖により女性が懐胎、出産した子について、当該男性(父)の相続人にも、当該父との関係で代襲相続人にもなり得ないとしています。これは、たとえ被相続人との間に生物学的な親子関係が認められる場合であっても、相続開始時に胎児としてすら存在していなかった以上、相続人や代襲相続人になり得ないことを示すものであり、相続人を早期に確定し、相続に係る権利関係を早期に安定させるためにはやむを得ない判断であるといえます。遺贈の場合についても同様のことがいえますので、遺言の効力が発生する時、すなわち死亡時に、いまだ胎児として存在していないのであれば、受遺者は存在しないものと判断せざるを得ないと解されます。したがって、遺言書作成当時にも死亡時にも胎児としてすら存在していない場合には、遺贈を受けることはできないと思われます。 それでは、設問の事例で、甲が遺言書を作成した時点には乙は丙を懐胎していなかったが、甲が死亡する前の段階で丙を懐胎するに至った場合に、当該遺言は胎児を受遺者と指定したものとして有効と解釈できるでしょうか。厳密にいえば、遺言書作成時に胎児としてすら存在していない以上、受遺者の指定は無効であるといえるでしょうが、遺言書の合理的意思解釈として、その後、乙が丙を懐胎した時点で無効原因が治癒されたものとみて、当該胎児を受遺者とする遺言が有効に存在するに至ったと解釈することも考えられ【事案8】 民法965条による民法886条・891条の準用(相続欠格事由) 71

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