ウ 受益の相続人が、事業の後継者としての資質、能力について疑問が持たれ、事業の関係者らとの関係がうまくいっていない場合(事例③) この場合、遺言者は、比較的容易にできる遺言の撤回により、受益相続人の相続権を喪失させたり制限することができたとも思われます。 しかし、遺言者が、認知症の症状が急速に進み、遺言の撤回すらできない状態のまま死亡してしまった場合、残された遺言は、遺言者の最後の意思として履行されるべきでしょうか。 遺言者が何らかの「生前処分その他の法律行為」(民法1023条2項)に当たる行為をしていれば、これにより遺言の撤回擬制が認められます。離縁や廃除申立ては、これが認められるといえますが、他の場合には、遺言の撤回擬制が認められないのでしょうか。 私見ですが、例えば、遺言者が生前、雇用主として、受益の相続人の非行に対し懲戒解雇などの処分をしていたなどの事情がある場合には、「生前処分その他の法律行為」が認められる余地があると思われます。 この場合には、遺言者が当初の遺言をしたときに前提にしていたであろう受益相続人の、事業後継者たる資質、能力や、事業の関係者らとの良好な関係形成への期待が、現実に損なわれたことが明白です。したがって、懲戒解雇などの処分は、前記2の判例で示された「諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」に当たる余地があると考えられます。 また、前記イと同じく、遺言者が新たに公正証書遺言を作成するため弁護士と委任契約をしていた等の事実がある場合にも、「生前処分その他の法律行為」があったと認められる余地があると思われます。168 第3章 民法における事情変更への対処のための規定(執行を困難又は不能にする規定)れます。
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